本館北側の広場に立派な日時計がありました。何時ごろ完成したのか詳細を知りません。在籍中、目覚まし時計も腕時計も持たず、部屋の壁にも時計はありませんでしたが、不自由を感じたと云う記憶はありません。毎日、ゆっくりとした時が流れていたように思います。
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| 昭和32年 |
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| 昭和32年 |
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| 昭和36年 十年のあゆみより |
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| 昭和36年 熱田さん提供 |
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| 昭和36年 熱田さん提供 |
| 昭和40年頃 藤原さん提供 |
少年保養所発行の「十年のあゆみ」によりますと、昭和25年8月15日の神戸市立西戸田少年保養所開所に先立ち、3月より児童の入所が始まり、学習の場としての「平野学園」が4月に開設されたようです。8月31日に、神戸市立西戸田小学校、西戸田中学校が発足し、初代校長として金沢大助先生が赴任されたとあります。また校舎は、さらに3年後の昭和28年5月に第一期工事、昭和29年5月に第二期工事を終えてやっと完成したようです。昭和37年4月、西戸田小中学校は、神戸市立西戸田養護学校と改称され、さらに約20年後の昭和58年3月、少年保養所の閉鎖にともない西戸田養護学校は閉校となりました。最後の校長先生は清水正夫先生であり、その業務は神戸市立友生養護学校に移管されたようです。
| 藤原さん提供の写真より |
食堂では、朝、昼、夕の食事だけでなく、2時40分から「おやつ 」の時間がありました。5時限の授業前に「おやつ」を食べるなんて、普通の学校ではあり得ない事でしたが、アルマイトの小さなお皿の上にみかんがひとつと云う日もありました。また、ゼリービンズ(糖衣ゼリー)が数個だけと云う日もありましたが、おやつの時間は楽しみでした。