2023年1月1日日曜日

年頭のご挨拶

 2023年を迎え、新年のご挨拶を申し上げます。新型コロナ感染症が始まってから早や3年が経過しましたが、まだまだ先の見えない状況が続いております。

 2021年は、2名の元西戸田在籍の方からご連絡を頂き、元気を頂きましたが、昨年は残念ながら西戸田在籍の方からの連絡はありませんでした。また、2年半ほど続けてきました「保養所百景」もそろそろネタ切れで、「西戸田の四季」継続の名案も特に思いつかないまま新年を迎えております。そう云う訳で、突然2、3か月更新がない事態も起こるかも知れませんが、そこは大目に見ていただいて、とりあえず本年も宜しくお願い申し上げます。




 

2022年12月1日木曜日

昭和32年 保養所百景 小川

 保養所の西側に、ため池第一から平野橋に向かって流れる小川がありました。



2011年10月

2013年11月


2011年10月

2012年9月

2012年4月 山口さん提供

 

 護岸工事がなされ、当時よりも少し深い川になっておりますが、この小川での思い出がある方も沢山おられると思います。

 


2022年11月1日火曜日

昭和32年 保養所百景 売店

 
 少年保養所前のバス停に、一軒のお家があり、正式だったのかどうなのかは知りませんが、そこが保養所の売店でした。保養所生活に必要な物品や、朝食で登場するあの「ゆで卵」も、このお店で購入する事ができました。

昭和36年 西戸田全景より 熱田さん提供


昭和45年航空写真より 藤原さん提供
 

 保養所では、果物や菓子類を所持して勝手に食べたりする事は禁止されておりました。この売店には駄菓子も売られており、家族のお見舞いの際、お店で食べたりしている光景も見られました。また、夜、こっそりとお店に行って駄菓子を買って食べた方もおられると思います。



2022年10月1日土曜日

昭和32年 保養所百景 勝手口

 少年保養所の正門が本来の出入り口ですが、ちょっと周辺の地に遊びに出かける時、正々堂々と正門から出て行くと云うことはなかったと思います。しかしながら、こそこそと保養所から抜け出す勝手口は沢山ありました。

 

① 学校の南の畑の畦道から墓地に入り、西側の農道に出る道。                                                                                                                                                                                                                                                          

②  広場の南から降りて、西側の農道に出る道。

③ 1寮から北に出て、西側の稜線づたいに南に下り、農道に出る道。

④ 西側の稜線を北に向かう道。

⑤ ため池の東側を北に向かう道。

⑥ ため池の東側の道をさらに東にまわる道。

⑦ 官舎の東側の林を抜けて、北に向かう道。

など、ざっと七とおりぐらいの経路があったように思います。さらに西側の農道に出てからも、

Ⓐ 平野橋の方角へ、南に向かう。

Ⓑ さらに西側の山に入る。

Ⓒ 北へ、第1から第4のため池に向かう。

など、保養所内だけでは満足できず、これらの勝手口から保養所を抜け出し、国道175号線の西側の地域を駆け回った方も沢山おられる事と思います。

 


 

 

 

2022年9月1日木曜日

昭和32年 保養所百景 広場


 3寮の西側には、広い空き地と言って良いのでしょうか、広場がありました。きれいに整地されたグランドではありませんが、三角ベースのソフトボールを毎日のようにやった日もありました。バットは、山から切り出した太い竹でした。昭和45年の写真では、校舎が増築され、広場はなくなったようです。


昭和32年


昭和32年



昭和45年航空写真 藤原さん提供

 



2022年8月1日月曜日

昭和32年 保養所百景 正門


 西戸田少年保養所へは何処からでも入る事が出来ましたが、正面玄関には立派な正門がありました。 ここで記念撮影された方も多いと思うのですが、退所の日は、さすがに皆さん笑顔ですね。

 

昭和32年頃 三木さん提供


昭和32年3月退所の日 山口さん提供


昭和36年 熱田さん提供



2022年7月1日金曜日

昭和32年 保養所百景 日時計

  本館北側の広場に立派な日時計がありました。何時ごろ完成したのか詳細を知りません。在籍中、目覚まし時計も腕時計も持たず、部屋の壁にも時計はありませんでしたが、不自由を感じたと云う記憶はありません。毎日、ゆっくりとした時が流れていたように思います。
 
 
 
 
昭和32年

昭和32年
 

昭和36年 十年のあゆみより

昭和36年 熱田さん提供

昭和36年 熱田さん提供

昭和40年頃 藤原さん提供