2012年1月26日木曜日

永井先生の所蔵写真から

 昭和26年から昭和34年まで、神戸市立西戸田少年保養所に保母さんとして在籍された、永井先生より、昭和28年から29年頃の写真を入手できましたので、ここに掲載させていただきます。






2011年10月29日土曜日

秋の西戸田

平成23年10月の、西戸田の秋をお楽しみ下さい。 


















2011年6月10日金曜日

保養所跡探検隊

 5月24日に届いておりました、山本益幸さんからの投稿です。私、稲垣のミスで掲載が大変遅くなった事を、深くお詫びいたします。



平成23年5月24日
山本益幸

西戸田・五月雨の保養所跡探検隊の皆様へ

 兎追しあの山 小鮒釣りしかの川・・・
五月雨に濡れた新しい緑の木々が、小川が、田んぼが、はるか半世紀前の記憶を、ワープして、まるで昨日観ていたかのように、蘇らせます。病気の事も忘れ(?)、ただひたすら、自然と戯れていたんですね。50年の刻が経ち、そこに居た同じ仲間がいるんですね。それだけで好いんですよね。
 
 それぞれに 過ごせし西戸田 蘇り





































2011年5月22日日曜日

西戸田少年保養所跡地探訪記

  神戸市立西戸田少年保養所で療養生活を送り、神戸市立西戸田養護学校でいっしょに学んだ仲間達に、西戸田同窓会(平成22年6月、平成23年2月開催)の存在を知って頂き、一人でも多くの方々に、次回同窓会に参加して頂きたいと云う思いからブログ「西戸田の四季」を書いております。 


           平野町公園は、平成17年8月に工事が始まり、
           平成19年3月に完成(写真①)。  


     平野町公園の入り口です。少年保養所の玄関も
               ここだったのでしょうか(写真②)。 

 平成23年5月22日、西戸田同窓会世話人の三木さんの呼びかけで、今、少年保養所がどうなっているのか、一度見に行こうと言うことになりました。あいにくの雨模様の中、総勢8名が参加しました。少年保養所の跡地は、現在、野球場、グランドゴルフ場などがある平野町公園として整備されています。とにかく広いグランドになってしまっており、目標になるような建物は何もなく、浦島太郎のように、しばらくの間まわりをぼんやりと眺めておりました。公園の南西角まで来まして、南方向の敷地の外側を見たところ、墓地を発見しました。また、一番北側の敷地から西方向に少し藪の中に入り込みますと、一寮北側にあった、ため池が残っているのが確認出来ました。


             昭和32年3月、ため池の前で山本先生と


             現在のため池(写真③)

 この墓地とため池の位置と現在の平野町公園の地図から、昭和32年頃の建物の配置を考えてみますと、下の図1のようになるのでしょうか。


          図1 昭和32年頃の少年保養所の鳥瞰図


           公園北側から南方向を望む(写真④)


            写真④と同方向の昭和32年頃の眺め


           公園南西角より北側を望む(写真⑤)


            写真⑤と同方向からの昭和32年頃の眺め

 さて、保養所から抜け出して遊んだあの山や川は、今どうなっているのでしょう。そこで、よく歩いた保養所の西側にあった川沿いの小道に行ってみました。その小川に沿った小道を北に向かって歩きました。当時プール池と呼んでいた、本当にプールみたいに長方形のため池は、見当たらず、畑になっていました。


            プール池付近の小道(写真⑥)

 小道をさらに北上しました。小道が大きく左に曲がり、ため池の堤を登ります。この上に、当時一番大きかった溜め池、通称「第一」があるはずです。


            「第一」の堤(写真⑦)

 ありました、今も満々と水を湛えた「第一」がありました。感動の一瞬です。


           一番大きなため池「第一」(写真⑧)

 感動の「第一」との再会の後、帰路につきました。雨もやみ、小川に沿って、三々五々、元きた道を帰りました。


            帰り道(写真⑨)


「第一」から始まる小川は、平野橋まで続いており、この小川ではよく遊んだもので、何時まで眺めていても、あきる事はありません。     

                                       
             平野橋に続く小川(写真⑩)

 最後に、平野町公園周辺の地図を示します。①から⑩の番号は、写真撮影の場所を示します。また、矢印は撮影の方向です。

  

 この探訪記が、保養所での思い出を少しでも蘇らせる一助になれば幸いです。