2021年3月1日月曜日

西戸田少年保養所閉鎖より38年

 昭和58年(1983年)3月末に神戸市立西戸田少年保養所が閉鎖されてから、今年で38年目となります。以前、加古川に勤務していた頃、第2神明道路をよく利用しておりました。玉津インターを通過する時、ここで高速道路を降りれば西戸田はすぐそこにあると思ったものです。実際に玉津インターを降り、西戸田に向かった事も1、2度ありました。平成9年〈1997年)だったと思います。もう西の方へ来る機会もないかも知れないと思い、玉津インターを降りました。少年保養所にたどり着いて愕然としました。閉鎖されているのです。わずかなスペースに車を停め、しばらく柵の前にたたずみました。すぐには立ち去り難く、西側の小川沿いの道をしばらく歩いた記憶があります。





 閉鎖中の少年保養所、「西戸田の47年卒業記念碑を見に行ってきました 2002年6月1日」より(藤原さん提供)

 

 廃墟となっていた少年保養所跡地は平成19(2007)年に「平野町公園」として整備されました。広いグランドのある美しい公園になっておりますが、残念ながら昔の面影はありません。

 


 



 

 



 


2021年2月15日月曜日

昭和32年 保養所百景 2寮(1)

  昭和32年の7月頃私の安静度はBにあがりました。安静度Bは2寮と決まっていたわけではありませんが、2寮に移動しました。2寮は1寮と同様川崎時代からの老朽化した木造2階建で、病室も1寮と同じ構造。各階に8人部屋が3室あり、1階に女子、2階に男子が生活しておりました。1階の東側入口には、1寮にも3寮にもない所内唯一の「詰め所」がありました。2階への階段下に投薬室があり、また2階の東端には寮母さんの部屋がありました。確か永井先生が入っておられたと思います。

    昭和32年 1寮から見た2寮 


 保養所発行の「十年のあゆみ」によりますと、第2病棟には、病室6、婦長室、詰所、面会室、与薬室、倉庫、洗面所、便所があったようです。




2021年2月1日月曜日

昭和32年 保養所百景 検温

 毎日、午後の安静時間に検温があり、看護婦さんが各部屋を巡回しました。脈拍数の測定もあったのですが、8人部屋で実際に看護婦さんに直接脈拍数を測定してもらうのは、その日幸運にも選ばれた(?)一人の児童だけでした。その他7名の児童は自分で自分の手首の動脈を探し、脈拍数を数えました。私も入所最初の検温の時、手首のどのあたりを押さえれば 脈が触れるかを教わりました。

 さて、看護婦さんが部屋に来られると先ず体温計が各人に配られます。我々は、体温計を腋にはさみ、その他7名は自分で脈をとります。看護婦さんの合図とともに脈の触れる数を数え始めます。30秒後ぐらいだったでしょうか、看護婦さんの2回目の合図で脈拍数の測定を終了します。その後看護婦さんは各児童の横に立ち、体温計を回収し記録版に体温を記入します。各児童は頃合いをみながら、「32,1回」などと報告します。脈拍数と排便の回数です。当時、看護婦さんは4,5名おられたのですが、私の記憶の中の検温に登場する方は、いつも秦(旧姓安田)先生です。



 





2021年1月15日金曜日

昭和32年 保養所百景 所長回診

 午後の安静時間に所長回診がありました。毎週だったのか、隔週だったのか、病棟毎なら、3週毎だったのか、記憶は定かではありません。大西所長は、一人一人、胸の聴診後、お腹を軽く押さえながら、「血沈もいいし、便通もいいし、上々ですね。」と、特に問題のない児童には、何時も同じ言葉をかけておられました。その時の大西所長のお声と笑顔が忘れられません。医師としては、もうひと方、石原先生と言われる年配の女性の先生がおられました。

 


 血沈と云うのは、赤血球沈降速度検査と云って、30cmほどの細いガラス管に血液を満たし、赤い血が下に沈んで行く速さを測る検査です。結核だけでなく、種々の感染症などで促進が見られる検査でした。記憶が定かでないのですが、一か月か二か月に一回採血があり、検査していたのだと思います。また一日の排便回数は、毎日の検温時に報告しておりました。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2021年1月1日金曜日

年頭のご挨拶

 2021年、新しい年を迎えました。新型コロナ感染症の猛威が続いております。実にお目出度くない年明けとなっております。治療薬の開発など人類の英知で、この感染症を克服する事の出来る日が来る事を祈るばかりです。

 西戸田の四季、丑年の今年も続けて行きます。牛の歩みのようにゆっくりと。

 


2020年12月15日火曜日

年末のご挨拶

  新型コロナ感染症の猛威が続いております。皆さま如何お過ごしでしょう。お見舞い申し上げます。6月に再開致しました西戸田の四季、早や半年が経過しております。特にご報告する事もございませんが、何かに縛られる事もなく、以前よりもずっと自由気ままに書かせて頂いております。皆さまどうぞ良いお年をお迎えくださいと云いたいところですが、今年ばかりはそうも云えないのが残念です。どうぞお体大切に、ご自愛のほどお願い申し上げます。



2020年12月1日火曜日

昭和32年 保養所百景 貯水槽



 官舎の山側に 貯水槽がありました。

 ため池とは少し距離もあり、関連性はなかったと思われます。おそらく、水道水を少し高い処に汲み上げ、この貯水槽に貯水していたのだと思います。直径3mほどの丸い形をしており、山肌にほとんど埋もれておりました。天井部分に座り絵を描いた時、水を汲むために水槽の中に入ったのですが、ひどく叱られました。

 第一病棟東寮の工事中の絵がその時描いた絵ですが、昭和33年3月頃の出来事です。