インフルエンザだったのでしょうか、高熱を出す風邪ひきが所内で流行しました。高熱者は他の入居者から隔離され、一室に集められたのですが、検温時には高熱の自慢大会になりましたよね。
2018年、「西戸田の四季」を終了するつもりで、沢山の方から投稿して頂いていた貴重な思い出話を、ご了解を得て削除させて頂きました。しかしながらその後も1年にお一人かお二人、「私も西戸田におりました。」と云うメールやお便りを頂き、終了できぬまま今日に至っております。今年の4月からは再び、思い出話を掲載すると云う禁じ手を使い、「西戸田の四季」を継続しており真に申し訳ありません。ところで今年は、残念ながら新しい西戸田在籍者からの連絡はありませんでした。
皆様どうぞ良いお年を。
ある日、ある方のお供をして裏山に入りました。見つけておられた地蜂の巣を取るためでした。後方待機を命じられ、5mほど離れた所から眺めている内に、松の木の根元の土が掘られ、3層ほどになっていた地蜂の巣が現れました。学校の用務員のおじさんに、地蜂の幼虫をフライパンで炒めてもらい、それを食しましたよね。
まさに昭和32年、神戸市とシアトル市の姉妹都市提携が始まりました。この年、児童交換絵画展なるものが企画され、西戸田小学校、中学校からも児童の絵が入選(?)し、海を渡りました。その絵なるものは、瀬尾先生が描いた下絵に、当日呼び出された児童が彩色し、さらに瀬尾先生が加筆して完成したものでした。そうでしたよね。
入選(?)した私の絵は、こんなふうな絵だったでしょうか。